朝、『珍しい時間に目が覚めたもんだ』と未だ覚醒していない頭で考えてみた。
やっぱり、東京にいるのなら、会いに行きたいと思うのは、きっと自然なことで。
それと同時に、仕方が無いことなんだと思う。
今から君に会いに行く。
お前は、ちゃんとジャケットを羽織って、待っててな?
あ、外はまだ寒いんやから、マフラーは必須やで?
−君に会いに行きます。−
まだ太陽が顔を見せていない時間。
街は、夢の中にあるようで、シンと静まり返っていた。
それが逆に、俺をアイツの元へと、何の障害も無く連れて行ってくれるみたいで、ちょっと居心地が良かった。
「(『会いたい』なんて、一度も言った事無い。ちゅぅか、恥ずかしゅうて言えんわ。そんなん…)」
忠義は、黒のロングコートに、ブラウンのシンプルなマフラーといった、
意外とあっさりとした格好で、のんびりとした歩調で、街を歩いていた。
もちろん、手袋なんて忠義が持ってるはずも無く。
いい加減、外気に触れっぱなしのままじゃ冷たくなってきて、忠義は、乱暴にコートのポケットに手を突っ込んだ。
「(あ、なんや。ポケットの中の方が温かいやんか。なんか、さっきまでの俺が、アホみたいやん…)」
時間は十分にある。
ゆっくり歩いて向かう先は、彼女の自宅。
歩きながら考えるのは、ちょっとした幸せのカケラだった。
彼女が今どんな風にしてるんかなぁとか。
今日は朝食に何を作ってもらおうかなぁとか。
そんな事を考えてる自分は、本当に幸せ者なんだと、自然と頬が緩むのは、仕方が無いのかもしれない。
忠義の足取りは、きっと“わたあめ”なんかよりも軽く、心は、“お祭りに行く子供”のように踊っていたのだと思う。
朝の街は、冷たい感じがする。と、前に誰かが言っているのを聞いた。
確かに、人が少ない分、そう感じるのかもしれない。
けれど、全く居ないわけでもない。
もちろん、忠義とすれ違う人はいるわけだし、
電車が動いてないにしろ、タクシーは時々、お情け程度に通りを飾っていた。
高いビルに囲われた空に、忠義は、目を逸らしてしまいたいと思った。
__________切り取られた空は、どこまでも遠く、そして、とてもアオかったから。
◇
ゆいは、静まり返った街に居た。
早朝で、 秀 の周りには誰も、__________そう、猫でさえも見えなかった。
今、 ゆいは、ひとりでガードレールに腰掛け、薄着で部屋から出てきたことを後悔しているところだった。
彼女は、とても気分屋で、いつも突拍子の無い発言をしては、その度に、彼に呆れたように笑われた。
それでも、彼は、いつも笑って『俺も一緒にやるわ』と、そう言ってくれていた。
今日もまた、そんなゆいの気まぐれで、携帯と財布と鍵だけという身軽な格好で、朝早くの街に居た。
なんとなく、街が、ゆいを呼んでいた。
それは、誰かに呼ばれた気がしたのかもしれないし、
会えない彼を、ジッと一人で枕を濡らしながら待つのが、今日は少しだけ、嫌だったのかもしれない。
静かな街は、心地がいい。
まるで彼の腕の中と同じみたいだ。
冷たいわけでもなく、熱いわけでもない。
ただ、そこに当り前のようにあって、何も言わずに私を包み込んでくれる。
そんなところが似ていると思って、ゆいは、少し笑った。
一羽のカラスが、あのアオい空を飛ぶ。
そして、 ゆい は腰をあげて歩き出した。
カラスに導かれるように、その瞬間、確かに ゆい は、その一歩を踏み出したのだ。
◇
「(なぁんか、誰もおらんのもつまらへん。)」
ぷぅっと頬を膨らませて、小さく呟く。
きっとそれは誰にも届かないのだけれど、30分も歩けば、そう呟きたくなるのは頷けるかもしれない。
「( ゆい 、 ゆい 、 ゆい 。早よ、会いたいわ。会って笑顔で挨拶しようや?
そんで、俺… ゆい を抱きしめたい。ちゃんと俺の目の前で、あの笑顔で笑ってほしいわ。)」
募る思いを止めることもせず、ただ前へ前へと足を動かした。
「(どうして、昨日まで我慢出来てたんやろか?
…や、ちゃうな。我慢なんて、全然出来てへん。俺は…いつも思っとった。
でも、口に出して言わんかっただけやねん。)」
彼女のことを考えれば、自然と暖かくなるこの心。
それと同時に押し寄せてくる遣る瀬無さ。
仕方ないのだと、大人のように気持ちにケジメをつけている気になって、ただがむしゃらに忠義は仕事に励んでいた。
もちろん、仕事は好きでやっている。
だから、仕事で彼女に逢えないことを、自分のわがままで、誰かに文句が言えるはずもない。
でも、本当は言いたかった。
聞いて欲しかった。
ただ、 ゆい に会うだけでいい。
あの声で、一言、言って欲しかった。
『頑張れ』なんて言葉はいらない。
ただ、名前を、
『忠義』と、そう ゆい に呼ばれれば、自分はなんだって出来るのだ。
なんにでもチャレンジする、
嫌な思いをしたとしても、ちゃんとやり遂げてみせる自信が、
その響きを聞くだけで、簡単にも忠義の中に生まれるのだ。
彼女は、忠義の全てだから。
「(クッサいわぁ。ホンマは俺、こんなんやってんなぁ。)」
自分に向き合ってみて、思わず呆れ顔になってしまった。
でも、すぐにそれは笑顔に変った。
だって、別にそれは、恥ずべきことではないのだから。
彼女が、 ゆい が大事で、こんなにも大切で、
傍にいて欲しくて、笑っていてほしい。
純粋な恋心が自分の中にちゃんと芽生えていた。
それがとても、__________そう、とても嬉しかった。
「(あぁ。徒歩やなくて、タクシー使えばよかった。あかんなぁ。足腰弱っとる。)」
腰に手を当てて少しさする。
すると、後ろから声がかかった。
思わず忠義は足を止め、『ありえない』とそう思った。
でもそれは、五感の全てが、その声に奪われただけだった。
それ程までに、忠義が間違えるはずの無いその声の響き。
「おっさん臭いよ?忠義さん」
きっと、空は知ってたんだ。
「は?」
こんなにも、近い距離にあるんだって。
「折角走ってきてあげたのに。角曲がったら、遠くに忠義が見えるんだもん。」
距離なんかは、関係ないんだってさ。
「嘘やん…」
「嘘だったら、これも嘘かなぁ?」
目の前には、 ゆい の笑顔。
そして、唇にそっと触れれば感じる、そこに残った確かな熱。
全てが信じられないほど、忠義には大事なモノで。
「おはよう。忠義。」
そうやって笑う ゆい に、思わず泣きたくなったなんて。
「… ゆい 。ん。おはようさん。」
抱き寄せる事で隠す事は、そんなにいけないことなんか?
「いきなりだなぁー。もー忠義?相変わらず、甘えんぼさんだねぇ?」
「そんなん…まぁええわ。はぁ… ゆい 冷たいわ〜。」
抱きしめて感じる体温。
冷えてたとしても、俺がちゃんと暖めてやるわ。
「しょうがないでしょ?またやっちゃったんだから。」
「え?またやったん?ありえへんで?それ。前、あれ程注意したやんかぁ…。」
目の下にうっすらと残るその跡は、俺の為にあるんやろ?
「今日は忠義がいなかったからいけないんだよ?」
「え?それって俺の所為なん?」
もう寂しい思いはさせないから。
「嘘、嘘。たださ、ん〜なんかね?」
だから笑って?
「ん?」
俺のために。
「呼ばれたんだよ。」
ゆいのために。
「誰にやねん?」
俺たちのために。
「ん〜忠義?だったりして?」
そして、手を繋ごうよ。
「お。以心伝心ちゅうやつかぁ!」
「え?…まさか、忠義もそんな感じで歩いてたの?」
「そうかもなぁ〜」
「あ、またそうやって、はぐらかす!!」
「ええやんか。俺と会えたんやし。別に文句ないやろ?」
覗き込めば ゆい の赤い顔。
それは、寒さの所為だけじゃないよな?
「…いいもん。そういうことにしておいてあげる!」
腕からするりと抜け出して、忠義を残して歩き出す。
振り返らなくても、私、ちゃんと分かるんだよ?
きっと今、あなたは優しく笑っているんでしょう?
「はいはい。…一応言っとこかぁ。置いてかんといてぇ〜! ゆい 〜!!」
ふざけて笑って、時には泣いて?
そんな時間を、二人で過ごしていきたいんだ。
君と、あなたと、そんな日々。
朝露に濡れる街路樹と、空にぽつりと浮かんだ雲が、きっと彼らを見て微笑んでいたんだ。
朝日に照らされた街は、きっとこれから多くの人が行きかう、暖かい場所にかわる。
そうやって、毎日を重ねて、いつかは思い出になるんでしょう?
* * * * * * * * *
旅人さんからの頂きものです。
とってもさわやかで、キュンとして、ステキなお話。
タダヨシラーのあたしにはたまらんです!!
大事な大事な宝物です。
旅人サマ、ありがとうー!!
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