初恋




雪を見ると思い出す風景がある。
雪を見ると思い出す人がいる。
雪を見ると思い出す恋がある。

粉雪のように綺麗で
だけど儚く消えていった―


―初恋―

「うわぁー、雪や!!」
部屋中に声が響いた。
楽屋の窓から外をのぞいてたヤスの声。
「ほんまや!!雪や!!」
「めずらしいなぁ!」
「そういや今日めっちゃ寒かったもんな。」
みんなも口々にそう言いながら窓のそばに近寄った。
「うっわ、なんやめっちゃテンションあがってきたー!!」
ヤスはそう言うと勢いよく窓をあけた。
「うわ、寒っ!!ヤス窓開けんなや!!」
「お前は子供か!?それともチンパンジーか!?」
寒がりのメンバーは一斉にヤスを総攻撃。
「なんや・・・よかれと思ってやったのにー。ちゅうかチンパンジー言うなって!!」
やられキャラヤスは仕方なく窓をしめた。

俺はそんなみんなの肩ごしに見える窓から降り積もる雪を眺めていた。


雪を見るとふと思い出す人がいる。
まだまだ子供やった俺が一生懸命恋した相手。
幼かった俺の小さなちいさな恋。

彼女は同じ中学の同級生で、仲良かったグループの中の一人やった。
小柄な俺と並んでも俺が大きく見えてしまうくらい小っこくて、色が白くて、そのくせよう笑うふわふわした感じの女の子。
俺らはみんなで遊んでるウチにお互い惹かれあって、いつの間にか二人でおるのが当たり前になっとった。
付き合い始めたのはちょうど俺が事務所に入ったころ。
15才のころやった。

あれは彼女とつきあいだしてはじめての冬。
高校受験を間近に控えたある日、大阪ではめずらしく雪が積もった。
俺らは勉強をほっぽり出して、二人で雪が舞う街に飛び出した。

「すばる、すばる!!雪ー!!」
彼女は子供みたいに瞳を輝かせて、周りの雪とたわむれていた。
積もった雪にさわってみたり、降ってくる雪を手のひらにのせてみたり、雪玉を作っては投げてみたり。
そんな彼女の姿がかわいくて、俺はずっと彼女を眺めていた。
真っ白な世界に俺と彼女のふたりっきり。
まるで俺たち以外のすべての時間がとまってしまったみたいな感覚。
しあわせってもしかしたらこうゆうことを言うんかもしれんって、コドモながらに本気で思った。

「すばるもこっちきて一緒に遊ぼうやー!!」
彼女はそう言って俺を手招きした。
「おぅー!」
俺はそう応えて彼女のもとに近づこうとしたその時、彼女は待ってましたと言わんばかりに隠しもっとった雪玉を俺に向かって投げつけた。
「ぶっ・・・」
雪玉はまるで漫画みたいに俺の顔面にクリーンヒット。
それを見て彼女は「アホやー」ってキャッキャキャッキャ笑った。

「お前なぁ!!」
俺は足元の雪をかき集め、怒ったふりをして彼女に向かって投げた。
彼女もキャーキャー言いながら雪玉を放ってくる。
こうして俺たちは子供みたいに二人して雪を投げあった。

「つかれたぁ。」
ひとしきり雪合戦が終わると、俺らはハァハァ言いながら近くのベンチに並んで腰掛けた。
「すばる手加減してくれへんのやもん!!」
「お前がはじめに雪ぶつけてくるからやろー!!しかも顔面にヒットやで!?」
「ボケ―っとしとったすばるが悪いねんで!?」
「ちゅうか、いい年して二人で雪合戦しとる俺らってアホみたいちゃう?」
「しかも受験生やのにな?」
そう言って顔を見合わせて笑った。

寒い中で動き回ったせいで、彼女の頬は赤く火照っていて、
それが彼女の肌の白さをいっそう引き立てた。
手袋もせんと雪に触ったもんやから、手もつめたいんやろう。
ハァーって指先に息を吹きかける彼女。
そんな彼女がどうしようもなくいとおしくなって
俺は彼女をギュッと抱きしめた。

「すばる!?」
彼女は驚いていた。
いや、戸惑っていたってゆうほうが正確かもしれん。
そりゃそうやろ。
抱きしめたのなんてはじめてやったんやから。
だけどしばらくそうしてると、彼女も素直に俺の胸に顔をうずめた。

このまま彼女を離したくないと思った。
ずっとずっとそばにおいておきたいと思った。

そして
俺たちは初めてのキスをした。


その年の春、俺たちは揃って同じ高校に入学した。
入学当初は周りから「ジュニアらしいで」って噂されたけど、大して有名やないと分かるとそれもすぐに落ち着いた。
そりゃそうやろ。たまにレッスン受けるくらいで、まともな仕事もしたことなかったんやから。
自分でさえもジュニアやなんて自覚はまったくなかった。

彼女とも順調やった。
レッスンがない日は彼女と制服で放課後デートをしたり、休みの日もどっか遊びに行ったり、俺か彼女の家でまったりしたり。
ごく普通の高校生カップル。
しあわせやった。
彼女以外いらないと思った。
いつ何時も彼女と一緒にいたいと思った。

だけどそれも長くは続かなかった。
夏休みに入った頃から、俺らの間に黒い影が落ち始めた。

高校最初の夏休み。
俺に仕事が徐々に入るようになった。
京都で新しく始まった舞台に出たり、先輩のコンサートのバックについたり、ちょうどこの時期に始まった関西ジュニアの番組に出たり・・・。
もちろんどれもメインやなくて、バックとかサポートやったけど、レッスンに本番に収録にと忙しくなり始めた。
だけど、全然イヤやなかった。
初めて目にする世界。初めての経験。
仕事のすべてが新鮮で、メインで歌うわけでも踊るわけでもしゃべるわけでもないのに、毎日が楽しくてしょうがなかった。
俺にはもうこの仕事しかない!俺の進むべき道はこれやったんや!!って思うほどに仕事にハマっていった。

そんな風に仕事に夢中になるにつれて、自然と彼女のことはほったらかしにしてしまうことが多くなった。
忙しくなったせいで彼女に逢えない日々が続いた。
たまに会っても俺は自分の話ばかりして、彼女の話を聞いてあげることをしなくなった。
そして何より、俺は芸能人やってかってに天狗になって、外にでればファンにバレる!なんて言って二人で出かけることもなくなった。
今から思えば大してファンなんかおらへんかったし、先輩のバックについてるだけの俺なんか外に出たところで誰からも気づかれるわけないのに。
ちょっとステージにたってキャーキャー言われるもんやから、舞い上がってしもてたんや。

そんなことをしてたら彼女は当然寂しくなるやろう。
だけど当時の俺は自分のことにいっぱいいっぱいで、彼女の気持ちになんてまったく気づかなかったし、考えようともしなかった。

夏休みが終わる頃、俺は高校を辞める決意をした。
仕事が楽しくて、学校に行く時間がもったいなく感じるようになってしまったから。
その頃にはもう俺の進むべき道はこれしかないと思い込んでいたから、辞めることに未練はまったくなかった。

彼女には退学手続きをする前日に話した。
「俺、学校辞めよう思てんねん。今、仕事が楽しくてしゃあないし、学校行ってる時間ももったいない。
 それに俺、もっともっとビックになりたいねん!!メインで歌ったり踊ったりできるようになりたいねん!!だからな、学校やめる!!」
彼女にそう告げた時の俺の瞳はさぞ輝いていたことやろう。
彼女がそれはイヤやと思っていても、それを口に出すことができなくなるほどに。
「そう・・・。すばるが決めたことやもんね・・・。分かった。がんばってな。」
彼女はそう言った。
それを俺は彼女はほんまに俺のことを応援してくれてるんやと受け取った。
彼女が抱いていたほんとの気持ちなんてこれっぽっちも気づいてやれずに・・・。

俺は幼かった。
そしてまた、彼女も・・・。
俺たちは幼かった。

学校を辞めてからも一応は彼女との関係は続いていた。
彼女は俺のことを応援してくれてる思てたから、俺が学校に行かなくなるだけで俺たちの関係は何も変わらないと思ってた。
今までみたいに毎日あえなくても、彼女は変わらず俺のことを好きでいてくれるなんて勝手に思い込んでた。
きっと俺の仕事のこと理解してくれてるから、逢えなくてもデートできなくても分かってくれてると思ってた。
その年頃の女の子にとって、逢えないことが、近くにいないってことがどういうことなのか、幼かった俺は全然分かってなかった。
俺が淋しくないんやから、彼女だってさみしいわけないと心のどこかで思ってた。
今にして思えば自己中以外のなにものでもない。

彼女は夏休みからバイトを始めていた。
俺とあえる時間が少なくなり、時間を持て余すようになったから。
新学期が始まってからも彼女はバイトを続けた。
週3日、ファミレスのウエイトレス。
平日は学校、週末はバイト。
彼女も忙しかった。
逢えるのは月に1回程度。
今みたいにケータイとかメールとかも普及してない時代やったから、連絡も頻繁に取れるわけやなかった。
電話も毎日するわけじゃない。
週に1度くらい。
お互い忙しい時はそれすらもない時期だってあった。

秋が深まる頃。
電話の声や、たまに会えたときの彼女に元気がないときがあった。
それでも、「なんかあったんか?」と聞いても、「別になんもないよ」と答えるので、学校とバイトで単純につかれてるんやろうと思ってた。
彼女が淋しいと思ってるなんて微塵も考えてやれなかった。
ほんまにアホやったと思う。

秋が過ぎ、街がクリスマス一色になったある日のこと。
その日はとても寒くて、時折パラパラと小雨がちらつく天気やった。
俺はレッスンに行くために駅に向かって歩いていた。
その時、ふと目の前を横切る二つの影が目に入った。
相合傘をしてる制服姿の男女。
女の方の制服が辞めた高校のだったので、単純に好奇心でよく見てみた。

そして俺は言葉を失った。

「・・・・っ」
紛れもない彼女だった。

俺は一瞬頭が真っ白になり、その場に立ち尽くし
雨の音で我に返ると、すぐにその二人を追った。

「・・おいっ!」
俺は後ろから彼女の腕を引っ張った。

「っ!?すばる!!?」
彼女は振り返り、俺の姿を確認すると驚いた表情を見せた。

となりの男は「なんや!?」って顔で俺たちを見ていたが、そんなんどうでもよかった。
「おまえ、なにやってんねん!?コイツ誰やねん!!?」
俺は一気にまくし立てた。
「だれって、・・・友達に決まってるやん!」
彼女はそっけなく答えた。
「友達って・・・、おまえは男の友達と相合傘するんか!?」
俺の心の中は嫉妬の嵐やった。
俺はただでさえ嫉妬深く、彼女が他の男といるだけでもやきもちをやくぐらいやから、相合傘なんてもってのほかやった。

彼女の隣では俺の知らない男がアワアワしてるのが目に入った。
俺はそれがなんだか無性に腹が立って彼女の腕を強く引っ張った。
「とにかくちょっとこっち来いや!!」
俺は彼女の腕を引くと強引に男の横から引き離し、びしょぬれになりながら歩き出した。

「ちょっと、すばる!痛いって!!」
少し歩いたところで、彼女はそう言って俺の手を振り払った。
「おまえ、どうゆうことやねん。さっきの男、ほんまに友達か!?おまえはただの友達と相合傘するんか!?」
俺は彼女を問い詰めた、
「・・・友達や言うてるやん!バイトの友達!!たまたま偶然会って、傘持ってへんかったから入れてくただけ。これからバイト一緒やし。」
彼女はあきれた顔で言う。
「ほんまか?」
「ほんまやって。なんでそんなに疑うん!?じゃあ聞くけど、あたしはすばるの何!?」
彼女は怖い顔で言う。
「はぁ?いきなりなんやねん。そんなん・・・」
“カノジョ”って言うのがちょっと恥ずかしくなり、俺は言葉に詰まった。
「なんでそこで詰まるん!?あたしはすばるの彼女ちゃうん!?なぁ?」
「・・・そうや。」
「やんなぁ!?あたしらつきあっとるよなぁ!?
 じゃぁ・・じゃあなんで1ヶ月以上も会われへんの!?なんで会いたい時に会えへんの!?なんで一緒におってくれんの!?
 そんなんつきあっとる言えへんやん!!さみしい時そばにおってくれるんが彼氏とちゃうの!?」
彼女は一気にまくし立てた。

「そんなん・・・しゃあないやん。仕事やねんもん。おまえかてがんばれって言うてくれてたやんか。」
「そうや。言うたよ!だけど、それとはまた別問題やもん。
 あたし耐えられへんの!もう平気で一ヶ月も会えへんような彼氏待ってることに耐えられへんの!いつでもそばにおってくれる彼氏やないと・・・あたしもうたえられへん・・。」
彼女はそう言って涙をこぼした。
「おまえ・・・」

俺はこのとき初めて、彼女がどんな想いで逢えない時間を過ごしていたか、自分がどんなに彼女にさみしい想いをさせてたか思い知った。
ほんまアホやった。
自分のことしか考えてなかった。
今さらながら後悔した。

「・・・すばる。」
彼女は静かに口をひらいた。
「もう・・・別れよ?」

「・・ちょお待てや。」
「もう・・待てへん。別れよ?」
「・・・嫌や。」
「・・・別れよ、すばる。」
彼女は涙に濡れた目を見開いて、俺の瞳をしっかり見つめて言った。

「今までありがとう。ほな・・・な。」

そう言って彼女は俺の前から去っていった。
俺はそんな彼女の後ろ姿を呆然と見つめながら、その場にただ立ち尽くすしかなかった。
雨なのか涙なのかわからない雫が、俺の頬を静かに濡らしていた。


俺たちは幼かった。
自分の気持ちを相手に押し付けることだけが恋愛だと思ってた。
愛されることが恋愛やと思ってた。
好きなら何もしなくても待ってくれるはずやと思ってた俺。
好きならずっとそばにいてくれるハズやと思ってた彼女。
ただ想うだけの恋で満たされるほどコドモじゃなかった。
だけど、お互い別々の生活の中で想い合っていけるほどオトナでもなかった。

不器用で、脆い俺たちの恋。

気がつくと雨はやがて雪に変わっていた。

あれから彼女とは会うことはもちろん、まともに連絡すらとってはいない。
中学の同級生からたまに噂は聞くし、かろうじてお互いの電話番号とメアドくらいは知っているけれど。


あのあともいくつかの恋愛をしてきたけど、彼女のことだけはきっと一生忘れることはないと思う。
今でも彼女のことは胸の中でひときわ輝いている。
思い出すとちょっと甘酸っぱくて、だけどふわっとあたたかくなる。
俺の初恋。



「・・・くん!すばるくん!?ケータイなってますよ!!」
内の声で現実に引き戻された。
「お・・おぉ。すまん。」
俺は机の上でなってるケータイに手を伸ばした。
「どーしたんすか?なんやぼーっとして。」
内は不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「いや・・・ちょっと昔のこと思い出しとった。」
「昔のこと・・・?」
「あぁ。俺が今の内よりももう少し若かった頃のな・・・」
「へぇ。なんかすばるくんおっさんくさいっすよ。」
「誰が小さいおっさんやねん!!」
「小さいは言うてへんって!おっさんくさい言うただけですやん(笑)!」
内の笑い声を聞きながら俺はケータイを開いた。

「・・・っ!!」
一瞬目を疑った。
差出人に予期せぬ人の名前。
・・・彼女やった。

『久しぶり。雪が降ったらなんかすばるのこと思い出しちゃった。そしたらメールしたくなっちゃって。迷惑やったらごめん。
 すばるはあのころのこと覚えてるかな。お互い若かったねー。今やったらもっとすばるの気持ち分かってあげられとったのになぁ。
 でもあのころのことは今ではほんまいい想い出やで?すばるとの恋はきっと一生忘れへんと思うわ。だってあたしの初恋やもん。初恋ってやっぱ特別やん?
 たまにテレビですばる見かけるよ。あのころと変わらずがんばってるみたいやね。見てるとあたしもがんばろ思うよ。応援してるから、これからもがんばってな。

 PS.今度結婚することになったよ。』


最後の一文に複雑な気持ちを抱いた。
少しだけさみしいような、だけどとてもうれしいような・・・複雑な感情。

俺は窓の外に目をやり、まだ降り続けてる雪を眺めた。
そして、少し考えた後ケータイに目を落とし、彼女宛にメールを打った。


『俺もちょうどあのころのこと思い出しとったよ。俺もたぶん一生忘れへん。
 結婚おめでとう。幸せになりや。』

99%の本音と1%の嫉妬。
胸の中でとてもとても温かい気持ちが広がるのを感じながら送信ボタンを押した。


外ではあの日と同じ、真っ白くてふわふわした雪が静かに舞っていた。
それはまるで彼女のようだった。



end

*   *   *   *   *   *   *   *   * 

すばるくんの初恋のお話でした。
このお話はとある曲からイメージを膨らませて作りました。
アマチュアミュージシャンの方の曲で、先日ライブに言った時に最後に歌っていた曲でして。
実際は初恋のウタでも失恋のウタでもなく、もっとラブラブな感じの曲なのですが、 聴いていてこのお話のような風景が頭の中に浮かんできました。
1度しか聴いたことがないので今となっては歌詞も曲もまったく覚えてないのですが、
この時に浮かんだイメージだけは鮮明に覚えていて、お話として書いてみた次第であります。

ちなみにとある曲とゆうのは、ラブアッタクイブとゆう方の「はつ雪」って曲です。
インディーズですがCDも出る(出た?)らしいです。
曲もご本人さんもとてもとても素敵で癒し系な感じです。
興味のある方は是非!!検索とかしてみてください☆


2005.1.22

back