約束




風が冷たくなってくると想い出す。
真っ暗やった心に光が差したあの日。
どん底からはいあがるきっかけをくれた冬の夜。
永遠に輝く一瞬の出来事。

今も俺を支え続けてくれる小さな小さな・・・


―約束―


俺いったい何してんのやろ・・・
俺は本当は何がしたいんやろ・・・
このままでいいんやろうか・・・

見知らぬ街で電車を降りた。
改札をくぐるとそこはもう真っ暗な夜の世界。
冷たい風が頬に触れる。
夜明けなんて永遠に来ないんじゃないかと思うくらいの冷たい闇。
世界中でたったひとりになったような錯覚を覚える。
まるで俺の心の中みたいだ。
出口の見えない真っ暗闇の中で無力な自分がひとりぼっちで彷徨ってる。
どうしようもないちっぽけな俺の姿。

 ♪サヨナラ 僕は僕のままで サヨナラ いるはずだったんだ
  サヨナラ 鏡に映ってた サヨナラ 偽者の自分に・・・ ♪

「・・・っ!?」
ふいに聞き覚えのある唄が冷たい風に乗って俺の耳を震わせた。
俺は驚きのあまり立ち止まり、
一瞬のあとメロディーが聴こえてくる方を振り向くと。
そこには誰も聴いてやしないのにうれしそうにギター掻き鳴らして歌う女の子の姿があった。
歳は俺と同じくらいやろうか。
ギターも歌も特別うまいわけでもなく、ルックスだって飛びぬけてかわいいわけやない。
どこにでもいるような普通の女の子。
そんな子が俺の唄を歌っとる。

気づいたら俺はメロディーに誘われるようにその子のそばに行き、その子の唄に聞き入ってしまっていた。

「・・・その曲」
曲が終わると同時に俺はボソッと声を漏らした。
「・・・えっ?」
歌い終わったばかりの彼女はビックリしたように声をあげた。
「その曲・・・」
構わずに俺は続けた。
「サヨナラ・・・」
半分放心状態の俺は独り言のようにつぶやいていた。

「・・・えっ!?・・・すばる!?・・・本物!?」
しばらく不信気に俺を見つめていた彼女がようやく俺に気づいた。
「うそー!?なんで!?」
驚愕した声をあげる彼女と放心状態の俺。
そんな二人の間を冷たい風が通り抜けていった。


「・・・。てか、ほんとに本物のすばる・・・だよね?」
「あ、あぁ・・。」
「うわ・・・、すっごい・・・。ほんものだぁ・・・」
彼女は頬を赤らめて興奮しとる。
その横で俺はまだ半分うつろな目をしながら彼女を見とった。
普段の俺なら絶対にこうゆうことはありえへん。
いつもなら気づかれた時点ですぐに逃げる。
バレたのがファンの子ならなおさらや。
だけど今日は逃げるような気分やなかった。
いや、逃げることすら考えつかへんかった。

「なぁなぁ、その曲・・・」
まだうっすら顔を赤らめてる彼女に俺は話しかけた。
「俺らの曲やんなぁ?」
「え・・・?」
「サヨナラ。」
「あ、うん。そぅ。」
彼女の興奮も少し落ち着いてきたようやった。
「俺、ストリートで自分の曲聴いたのはじめてや。だからビックリして聞き入ってしもうた。」
俺は少し照れた笑いを浮かべた。

「耳コピしたの。普通に歌ってても誰も立ち止まって聴いてくれないからさ、たまぁにね。
 ジュニアの曲とかちょっとマニアックな曲だったら、何処かに隠れてるジャニーズファンとか立ち止まってくれるかも・・って思って。
 ジャニファンあぶりだしーみたいな?笑」
彼女は言った。
「でもまさか本物が立ち止まるなんてねー。驚いたよ。」
彼女はそう言いながらギターをケースにしまった。
「さてと、今日はおしまい。
 ・・・てか、なんですばるがこんなところにいるの?
 ココも一応東京だけど、芸能人がうろつくような都心じゃないよ。仕事?・・・ってワケでもなさそうだよね。ひとりみたいだし・・・」

彼女の質問に俺は下を向いた。
ココに来た理由なんて別にない。

東京に出てきたのは2年前。
それまで関西ジュニアとして先輩のバックで踊ったり、深夜番組出たり、たまぁに雑誌に小さく載ったりと大阪で細々と活動してた俺。
でもありがたいことにどんどん仕事が忙しくなってきたことをきっかけに、大好きな大阪をあとにした。
東京に出てきてからも仕事も順調で、雑誌の表紙にしてもらったり、メインボーカルはらしてもろたり、テレビにもぎょうさん出さしてもらえとった。
当時からものすごい人気者やったタッキーと並ぶくらいの人気とか言われたこともあったし、それまでとは全然違う扱いに舞い上がって天狗になってしもて。
今思えば大した努力なんかしてへんかったのに、プライドだけはどんどん高くなってった。
なんや俺ってすごいんちゃうん!?って勘違いもええとこや。
だけどそのうちジュニアの渋谷すばるが一人歩きしだして。
そうなればなるほど自分って何なんやろ思うようになって。
俺なにしてんのやろ思い始めて。
ほんまの自分出せへんようになってしもうた。
そのうち何もかもがイヤんなって、自分見失って、仕事やっても空回りで。
大好きやった歌を歌う意味さえも分からんようなってしもた。
それと比例するかのように、仕事もどんどん減っていった。
同じレベルや思てたタッキーや翼くんはどんどん前進んで行くし、後輩や思てた子らは簡単に俺を超えてってしまう。
そない大した努力もせんと積み上げたものは、崩れるのも簡単やった。
俺自身を支えてたうすっぺらいプライドもズタズタなって、ますます自分がわからへんようなってしまって。
得体のしれない不安と無気力が俺を支配していった。

俺は一体何者なんや。
俺は一体何がしたいんや。
この先どうなるんや・・・。

冷たい東京のど真ん中で一人ぼっちで。
何も答えなんてみつからない。
この暗闇から抜け出す術が分からない。
自問自答の毎日。

そんなん考えとったら、なんかすべてがイヤんなって、苦しくなって。
だから勢いで部屋を飛び出してきた。
そしてなんも考えんと電車に乗って気まぐれで降りた場所がココやったってだけ。
大した理由なんてない。


「・・・なーんて。芸能人のすばるがパンピーにベラベラプライベート話すワケないよね〜。ごめんごめん、聞いたあたしが馬鹿でしたー。」
黙ってしまった俺に気を使ったのか、彼女はおちゃらけて言った。

「あ、ちょっとまってて!!」

彼女はそう言って立ち上がると。
すぐそばにあった自販機でホットコーヒーを2本買って、
「はいっ」
俺に一本差し出した。

「あたしのへったくそな唄、聴いてくれたお礼。」
そう言って俺にニカって笑いかけた。
「あ・・・おおきに・・・」
「どういたしまして。あ、ほら、乾杯しよ!!」
彼女はプルタブをあけた缶コーヒーを空にかざした。
「ほら、すばるも早く!!」
急かされて俺もプルタブをあけて。
彼女のコーヒーに近づけた。

[コツン]
カンとカンがぶつかる音が真っ暗な空の下に響いた。

「なぁなぁ。」
「ん?」
「路上で弾き語りしてるってことは、歌手とか目指しとるん?」
俺は唐突に彼女に質問した。
「あははー、まっさかー!そりゃ、ちょっとは歌手になれたらいいなぁとか思ったことはあるけど、
 そんなの恐れ多いって感じ。すばるみたいに上手くないし。
 ルックスだっていいわけじゃないしねー。
 あたしなんてどこにでもいる普通の大学生だよ。」
「じゃあ、なんでこんなとこで歌っとんの?」
「う〜ん、歌うことが好きだから・・・かな。」
「好き・・・だから」
「うん!」
彼女は空を見上げながら続けた。
「外でギター掻き鳴らして大声で歌うのってこれが最高に気持ちいいんだ!!
 真っ暗な中、あたしの声だけが響いててさ。
 そのときだけはこの世界が自分だけのものになったような気がするの。
 これ一度味わっちゃったらもうカラオケじゃ物足りなくなっちゃって。
 誰も立ち止まって聴いてくれたりしないし、ただの自己満なんだけど・・ね。」
彼女は照れたような笑いを浮かべた。
「そぅなんや・・・。」

「すばるだってそうでしょ?」
「えっ?」
「すばるは・・・あたしなんかと違ってたくさんの人に聴いてもらえて、
 ホールとかドームとかすっごい広いトコロで歌ったり、何万人って人が見てるテレビの前で歌ったり。
 ま、だからこそ自己満じゃすまされないかもしれないけど。でも、そんな場所で歌うのって最高に気持ちいいでしょ?
 一度ステージに立って歌うコトを味わったら、もうカラオケじゃ物足りなくなっちゃうでしょ?」
「・・・。」

俺はもう長いこと歌うコトを気持ちいいなんて思えなくなってた。
なんのために歌ってるかなんてもう分からへんようなってしまってた。
だけど・・・
昔はただ歌うことが大好きで気持ちよくて。
しかもそれでたくさんの人が喜んでくれるから。
それがうれしくてしあわせで
俺、歌っとったんや・・・。

「すばる?」
黙ってしまった俺の顔を彼女はのぞきこんだ。
「あたし、すばるの唄、すきだよ。うまいだけじゃない魅力がある。
 それにね、歌ってる時のすばるってすっごい素敵だよ。
 だってね、あたし歌ってるすばるを見てファンになったんだもん。すばるの歌にたくさんのパワーもらってるよ。」
「えっ・・・」
「だから、もっともっとたくさんの人にすばるの歌を聴いて欲しいって思う。
 あたしなんかとは違って、すばるの歌はきっとたくさんの人の心に届くって、信じてるよ。」

あ・・・。
俺は歌が好きや。
歌うことが好きで、俺の歌を聴いてくれる人がいるんがほんまにうれしくて。
俺の歌で誰かをしあわせにできるんやったらそれこそ最高の幸せで。
だから俺は歌ってるんや。
自分のために・・。
聴いてくれる誰かのために・・・。

「なーんてね。ちょっと偉そうに語っちゃった!?」
「・・・いや」
「てか、すばるからしたら芸能界のことなんてなんも知らん小娘が、知ったような口利くなーってかんじだよね!?」
「そんなこと・・・」

「でも、ほんとに。あたしなんかが思うより、ずっと大変なことがあるんだろうけど。でもね・・・」
彼女は微笑みながら言った。

「どんなカタチでもいいから、歌うことだけはやめないで。
 約束して欲しいんだ。すばるの大好きな歌を、ずっとずっと歌い続けていて・・、ね。」

心の中に一筋のあったかい光がさしたような気がした。
俺のやりたいこと・・・
俺の生きる意味。
俺の歌う意味。

すべては分からないけど。
その答えの断片が少し見えたような気がする。

「ありがと・・・」
きみのおかげで、俺の心の中を覆ってた真っ暗闇に少しだけ光が差した。
「ほんまに・・・ありがとぅ。約束する。」

俺は右手の小指を立てた。
彼女もそれに自分の小指を巻きつけた。

「絶対に約束・・・や。」




あれから3年の月日が流れた。

あのあとしばらくして俺は大阪に戻った。
高いだけの薄っぺらなプライドも、全身をまとってたくだらない見栄もすべて捨てて。
もう一度この世界で生きていくコトを決めた。
もう一度ゼロから這い上がっていこうと誓った。
この手で輝いた日々を掴むため、その誓いを右手に刻んだ。
もう後ろなんか振り返らない。

そう決心したらあの時の弱かった俺は簡単に消えていった。
強くなれた。
あの頃たくさん苦しんだことも、傷ついたことも
今ではすべて無駄じゃなかったと思える。
あの時があったから、今の渋谷すばるがおると思えるから。

そして今年
ずっとずっと願ってきた夢を
一度はあきらめかけてしまった夢を
やっとこの手につかんだ。
歌っていられる場所を手にいれた。

俺の歌が街中に流れる。
たくさんの人が俺のうたを聴いてくれるんや。

そして俺は今、東京におる。
最強で最高の7人の仲間と俺を支えてくれるたくさんの想いと一緒に、
もっともっと大きな夢をつかむため。
まだ見ぬ場所に綺麗な花を咲かすために・・・。


あの日から
どんな時もあの約束が俺を支えてくれた。
もうきっと出逢うことはないきみとの約束。

だけど俺には見える。
大きなステージで歌ってる俺を見て、あの満面の笑顔で喜んでくれているきみの姿が・・・。

俺はこれからも歌いつづけていく。
自分のために。
たくさんの大切な人たちのために。

きみとの約束を果たすために・・・。



end





*   *   *   *   *   *   *   *   * 

初小説です。
すばるくんとファンの女の子の出会いのお話。
作中ででてくる曲が「サヨナラ」なのには特に深い意味はありません。
この頃までにすばるくんが歌ってた曲の中で、ギターで弾き語ってもおかしくないものを考えたらこれしか出てこなかったってだけです。苦笑
エイトになってからだったら使える曲いっぱいあるんですけどねー。
Edenとかこの星とかオロミフォとか。
ちなみにあたしもちょろっとだけギターをかじってまして、この前5日ほどかけてEdenを耳コピしました。
出来た時はうれしかったなぁ。
今度は「永遠」をコピりたい!
だけど、未だコードが分からないどころかキーすら見つけられません。
完成したらあたしも路上やりに行こうかな☆

2004.10.19

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